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明大復活V「前へ」継承された北島イズム真の意味(日刊スポーツ)

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出典元: 天理大対明大 22季ぶりに大学日本一となって選手たちから胴上げされる明大の田中監督(撮影・丹羽敏通)

<全国大学ラグビー選手権:明大22-17天理大>◇決勝◇12日◇東京・秩父宮ラグビー場

明大ラグビーが、22大会ぶりに頂点に立った。67年間監督を務め、96年に亡くなった北島忠治元監督(享年95)の信条だった「前へ」がチーム復活へのカギを握っていた。昨年まで5年間監督を務め、現在はチームアドバイザーを務める丹羽政彦氏(50)は天国の恩師を思いながら、学生たちの北島イズム継承を喜んだ。

田中監督、福田主将に続き、選手たちの手で丹羽氏の体が宙に舞った。「嫌だと言ったんだけど、胴上げされちゃって。うれしかったけど」。照れながらも、丹羽氏はうれしそうに笑った。そして「(北島)先生の最後の教え子の田中監督のもとで、亡くなった年に生まれた選手たちが優勝した。縁を感じるし、先生の力かも」と話した。

明大ラグビーの代名詞で、北島元監督の信念でもある「前へ」で鍛えられたFWは「重戦車」と呼ばれ、早大と並ぶ大学ラグビー界の強豪として君臨。冬の国立競技場で「雪の早明戦」など数々の名勝負を繰り広げ、90年代までのラグビー人気をけん引した。

しかし、96年に求心力を失ってから、明大は長く低迷した。後任指導陣の金銭不正疑惑もあって、指導体制も固まらなかった。北島元監督を知る学生もいなくなり、その教えも忘れられてきた。「前へ、という言葉だけでなく、先生の教えや思いを伝えるのが我々の仕事」と丹羽氏は話す。

「学校に行け」は北島元監督の口癖。「学生の本分は勉強」と、普段の生活から厳しかった。丹羽氏は監督時代に生活の見直しを学生に徹底。授業に出られるように、練習は朝6時半からだった。早起きのため夜遊びはできない。生活が変わると、成績も上がった。

昨春、新チーム最初のミーティングで、田中監督は「前へ」の意味を選手に語った。「プレーだけではない。生き方であり、逃げない姿勢、それが明治のラグビーだ」と。昨年6月、現役やOBが恩師をしのんで毎年行う「北島祭」では、学生たちが大学選手権優勝を誓った。丹羽氏は、OBたちからの祝福電話の対応に追われながら「先生も、天国で喜んでくれていると思います」と、北島イズムを継承した学生を頼もしそうに見つめた。【荻島弘一】





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