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脳外科医の田中将大が2月にプロボクサーデビュー(日刊スポーツ)




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出典元: 自分で傷を縫合するリングドクターでボクサーの田中

脳外科医のリングドクターがプロボクサーとしてデビューする。

田中将大(29=川崎新田)は15年から日本ボクシングコミッション(JBC)のドクターを務め、17年にライセンスを取得した。2月6日に東京・後楽園ホールでのプロデビュー戦が、25日までに決まった。過去例のない兼業ボクサーとして、瀬下雄介(27=協栄)とのミニマム級4回戦。練習でも脳振とうに流血のインファイトで、ボクサーの支えとなるためにもと身を削る。

田中はスパーリング中も脳外科医として自己診断する。右フックに「左脳が揺れた」、ぐらつくと「1度脳振とう」、耳鳴りに「鼓膜部分穿孔(せんこう)」。右拳が痛むと「右中指MP関節打撲」。ファイタータイプも「熱くはならない」と常に冷静に戦う。

「人に尽くしたい」と聖マリアンナ医科大に進んだ。15年に川崎の病院勤務になると、上司に誘われてリングドクターとなった。「ボクサーは命懸けで尊敬する。選手の気持ちが分かるようになりたい」と思った。上司から「プロを目指せば、手術をもっと教える」とも言われた。

そこで16年に病院に近い川崎新田ジムに入門した。当直、急変、緊急手術で3日寝ずにスパー、練習後の深夜に手術もした。1年半かかったが、17年に筆記は100点満点でプロテストに合格した。

直後に福島勤務となると、多忙で地元ジムに通う時間もなかった。「経験して患者に説明しやすくなった」が「ライセンスだけではプロではない」葛藤が続いた。「人生は1度。リングに」と、昨年4月に都内の病院へ移った。過去例のないリングドクターボクサーとして、待望の試合がついに決まった。

減量はきついが「医師は栄養つけろと言う。落とすのは新鮮」、病院では「クレージーと思われている」と笑う。「技の習得は手術と同じ」とジャブを言葉で分析、ノートに書き、映像で研究。大庭トレーナーは「才能もパンチもないが努力はすごい」と評する。

傷の縫合はお手のもの。右まぶたを切った時には鏡を見ながら自分で治療した。傷が選手のハンディになる可能性もあり、本を読みあさり、形成外科医から学んだ。「喜び、プライド、やりがい」と、頼まれて夜に他の病院や選手の自宅でも処置して支援する。

デビュー対決も勝敗にこだわりはない。「殴り合いは人間の根源。厳しさも知り、怖いし、夢は見ない。リングから何が見えるのか」。医は拳術とばかりに、プロボクサー体験をリングドクターに生かす一戦に臨む。【河合香】

◆田中将大(たなか・まさひろ)1989年(平元)3月6日、東京・八王子生まれ。聖マリアンナ医大まで10年間剣道を経験。卒業後は沖縄、川崎、福島の病院を経て、町田のつばさクリニック勤務。15年にリングドクターとなり、16年に川崎新田ジムへ入門し、17年にプロテスト合格。162センチの右ファイター。得意パンチは左フック。昨年リングドクターも務める眼科医うみ夫人と結婚した。

◆リングドクター JBCではコミッションドクターと呼ぶ。通常は前日計量で検診し、試合日は2人が立ち会う。1人はリングサイドで傷などを診断し、試合中止を勧告できる。もう1人は医務室で試合後に診断、傷の処置などをする。世界戦では予備検診も診断。東日本ではJBCが提携する病院の医師を中心に約100人いる。

◆医師ボクサー 医学生からを含めて過去に男子は複数いる。JBCによると、アマ経験者を含めて引退後にリングドクターは数人いるが、リングドクターからプロボクサーになった例はないという。現役では産婦人科女医の高橋怜奈(ワタナベ)が17年にプロデビュー。昨年3戦目でタイ人を2回TKOで初勝利を挙げた。


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