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【さらばホースマン(2)】坂口正則師、数多くの個性派育てた名伯楽(サンケイスポーツ)

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出典元: 坂口正則調教師=栗東トレセン(撮影・岩川晋也)

今月末で定年、引退を迎える東西8人の調教師を紹介する「さらばホースマン」。2日目は1990年オークス(エイシンサニー)などJRA重賞27勝、エイシンヒカリで海外GI2勝を挙げた坂口正則調教師(70)=栗東=と、重賞2勝を含む225勝を挙げた谷原義明調教師(70)=美浦=を取り上げる(成績は19日現在)。

 開業当時の出来事が、きのうのことのように感じるという。鋭い決め手が武器のエイシンサニーに、圧倒的なスピードで逃げ続けたエイシンヒカリ…。数多くの個性派を育てた坂口則調教師が、約34年に及ぶトレーナー生活に別れを告げる。

 「本当にアッという間だよ。この社会の一年は本当に早い。馬集めを含めて苦労することは多かったけど、“エイシンさん”を含めて関係者の皆さんには感謝してるよ」

 1985年に厩舎を構え、先週までに重ねた勝ち鞍は678。JRA重賞27勝のうち、17勝を“エイシン軍団”で記録した。エイシンの先代オーナー、平井豊光氏(2013年死去)との絆を振り返って「かわいがってもらって、お世話になった」。クラブ馬主の躍進で個人馬主にとっては採算を取るのが難しくなっているなか、継続して馬を任せてくれた“恩人”の存在を、忘れることはない。

 「サニーは最初の看板馬。開業5年目でGI(オークス)を勝ってくれた。一番の思い出の馬は、エイシンヒカリになるかな。外国の強豪相手にイスパーン賞(仏GI)を勝ってくれたし、あの勝利はうれしかったよね」

 開業当初から2つのポリシーを曲げずにきた。ウッドチップは呼吸器系に良くなさそうとの考えから、馬房の下敷きは寝わらオンリー。様子のチェックと気分転換の意味合いから、午後の厩舎周りでの運動も必須としてきた。できる限り、少しでも近くにいたい-。馬に寄り添い続けた調教師人生に、ピリオドを打つ日が迫ってきた。

 「レースは負けるのがほとんどだし、悔しい思いをする方が多い。だから勝てばうれしいもの」

 宮崎県出身で、小倉競馬場はいわばお膝元。今週末は大好きな競馬場で管理馬の走りを見届け、厩舎の看板を下ろす。(宇恵英志)

■坂口 正則(さかぐち・まさのり)

 1948(昭和23)年9月2日生まれ、70歳。宮崎県出身。74年3月に栗東・坂口正二厩舎(伯父)で騎手デビューし、81年2月の引退までJRA通算525戦44勝(重賞なし)。83年に調教師免許を取得し、85年7月に開業。JRA通算678勝、GI1勝を含む重賞27勝。海外では、エイシンヒカリで2015年香港カップ、16年イスパーン賞のGI2勝。3月1日に開業する坂口智康調教師は長男。





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